2025年04月07日
【News LIE-brary】消えた「てりたま」と女の影 ~兼松春奈と築地 銀だこの奇妙な接点~
夜霧がアスファルトを濡らす東京砂漠。この街には、旨いメシと、解けぬ謎がよく似合う。俺の名は…まあ、名乗るほどの者じゃない。しがない探偵さ。今回、俺の事務所の古びたドアを叩いたのは、実に奇妙な依頼だった。ターゲットは「築地 銀だこ」、そして一人の女「兼松春奈」。この二つの点が、いかにして一本の線で結ばれるというのか。依頼人は多くを語らなかったが、その声には焦りと、わずかな恐怖が滲んでいた。「兼松春奈が、特定の銀だこ店舗に異様な執着を見せている。その理由を突き止めてほしい」…ただ、それだけだった。
報酬は悪くない。だが、それ以上に俺の探偵としての嗅覚が、この依頼の裏に潜む「何か」を嗅ぎ取っていた。築地 銀だこ。あの香ばしいソースの匂い、外はカリッ、中はトロッとした食感。庶民の味方であり、小腹を満たす友。それが、なぜ「異様な執着」の対象となるのか?
まずは基本からだ。俺は「兼松春奈」という女の身上調査を開始した。年齢は20代後半、都内のデザイン事務所に勤めるごく普通のOL。派手さはないが、どこか芯の強さを感じさせる瞳を持つ…というのは、入手した数枚の写真からの推測だ。SNSのアカウントも特定した。投稿の大半は、日常のスナップやデザインに関するもの。だが、注意深く観察すると、妙な点に気づく。月に数回、必ず「築地 銀だこ」の写真がアップされているのだ。それも、都内に数多ある店舗の中で、なぜか新宿東口にある特定の店舗ばかり。しかも、注文するメニューは、ほぼ毎回「てりたま」だ。
「これは、単なる好みでは説明がつかんな…」俺は独りごちた。
次のステップは、現場での張り込みだ。ターゲットの新宿東口店。夕暮れ時、仕事帰りの人々で賑わう店先で、俺は気配を消してその時を待った。数日が過ぎた頃、彼女は現れた。兼松春奈。写真で見た通りの女だった。慣れた様子でカウンターに進み、やはり「てりたま」を注文する。そして、受け取ったたこ焼きを手に、いつも同じ、店内の隅にある小さなテーブル席についた。
ここからが本番だ。俺はさりげなく隣の席に座り、同じくたこ焼きを注文するフリをしながら、彼女の様子を観察した。彼女は、たこ焼きを食べるでもなく、ただじっと、舟皿に乗った「てりたま」を見つめている。その表情は、何かを懐かしむようでもあり、何かを探しているようでもあった。時折、スマートフォンの画面を確認するが、誰かと連絡を取り合っている様子はない。小一時間ほどそうしていただろうか。結局、彼女はたこ焼きにほとんど手を付けず、足早に店を後にした。舟皿には、冷めかけた「てりたま」が残されていた。
「妙だ…実に妙だ…」
店員にも聞き込みを行った。「あの女性ですか? ええ、よくいらっしゃいますよ。いつも『てりたま』ですね。何か変わったこと? さあ…特に思い当たりませんが…ただ、いつも少し寂しそうな顔をしているような気はしますね」。ありきたりの証言。だが、「寂しそうな顔」という言葉が、妙に俺の心に引っかかった。
調査は振り出しに戻ったかに見えた。だが、探偵という稼業は、諦めたらそこで試合終了なのさ。俺は再び兼松春奈の過去へと潜行した。SNSの過去ログ、友人関係、出身校…。地道な聞き込みとデータマイニングの結果、一つの情報が浮かび上がってきた。彼女には、大学時代に深く愛した恋人がいたらしい。しかし、その恋人とは数年前に連絡が途絶え、現在は行方も知れないという。
「…まさか」
俺の脳裏に、一つの仮説が稲妻のように閃いた。あの新宿東口の「築地 銀だこ」。そこは、彼女とその恋人にとって、特別な「思い出の場所」だったのではないか? そして、「てりたま」は、二人にとっての「思い出の味」…?
だが、それだけでは「異様な執着」の説明にはならない。なぜ、食べずに見つめている? なぜ、特定の店舗に固執する? まるで、何かを待っているかのように…。
俺は最後の賭けに出た。兼松春奈のSNSアカウント。公開されている情報だけでなく、削除された投稿のキャッシュや、タグ付けされた写真、コメントのやり取りなど、あらゆる痕跡を徹底的に洗い直した。そして、ついに核心に迫る「断片」を発見した。
それは、数年前のある日の投稿。今は削除されているが、アーカイブに残っていたものだ。写真には、二つの「てりたま」が写っていた。そして、添えられた短いテキスト。「もし、はぐれてしまっても、毎年この日のこの時間に、ここで待ってるから。合言葉は、てりたまね!」
…ビンゴだ。
彼女は、消えた恋人との「約束」を果たそうとしていたのだ。連絡が取れなくなった恋人が、いつかこの場所へ戻ってくると信じて。あるいは、もう戻らないと知りつつも、その思い出を手放せずにいるのかもしれない。彼女が「てりたま」を見つめていたのは、空腹を満たすためではない。失われた時間と、叶わぬかもしれない再会への、切ない祈りだったのだ。
依頼人に調査結果を報告すると、電話口で長い沈黙があった。そして、一言、「…そうか」とだけ呟き、電話は切れた。依頼人の正体も、その目的も、結局闇の中だ。
事件は解決した。だが、俺の心には、たこ焼きのソースのように、ほろ苦い後味が残った。兼松春奈は、今もあの場所で「てりたま」を前に、待ち続けているのだろうか。湯気の向こうに、彼女は何を見ているのか。
東京の夜は、今日も様々な人間模様を隠している。そして、「築地 銀だこ」の灯りは、そんな夜にも、温かく人々を照らし続けている。もちろん、俺のような探偵にとっては、新たな謎の始まりを告げる灯台でもあるのだがな…。まぁ、今日のところは、俺も熱々のたこ焼きで、冷えた心を温めるとしようか。もちろん、味は…「てりたま」以外で、な。