2025年03月27日
【News LIE-brary】美食家が語る、伊藤沙莉と「澪つくし」 - 朝ドラヒロインという"極上素材"の味わい方
さて、舌の肥えた諸兄姉におかれては、近頃のテレビドラマという"食卓"に並ぶ品々に、少々食傷気味ではなかっただろうか。刺激ばかりが前面に出て、素材本来の滋味を忘れ去ったような、あるいは、見た目ばかりで中身の伴わない"創作料理"の数々。そんな嘆息が聞こえてきそうな昨今、我々の鈍った味蕾を再び目覚めさせ、食卓に真の豊かさをもたらしたのが、女優・伊藤沙莉という稀有な"旬の素材"であったことは、もはや疑いようのない事実であろう。
彼女が主演を務めたNHK連続テレビ小説「虎に翼」。その成功は、単なる視聴率という無粋な数値では測れぬ、深い味わいを我々に提供してくれた。伊藤沙莉が演じた猪爪寅子という女性。その存在感は、まるで春先に芽吹く山菜のほろ苦さ、あるいは、じっくりと火入れされ旨味が凝縮された肉料理の如し。彼女の放つ独特のハスキーボイスは、料理に深みを与えるスモーキーなフレーバーのようであり、くるくると万華鏡のように変わる表情は、複雑ながらも完璧な調和を見せるソースのように、我々の心を捉えて離さなかったのである。
この「虎に翼」という"逸品"を堪能するにつけ、食通の記憶の片隅から蘇ってくる、ある懐かしくも芳醇な香りの記憶がある。それは、遡ること40年、1985年に我々の食卓を彩った、同じくNHK連続テレビ小説の金字塔、「澪つくし」である。沢口靖子という、当時はまだ磨かれる前の"原石"が放った、瑞々しくも凛とした輝き。醤油醸造が盛んな港町・銚子を舞台に、激動の時代を生き抜いたヒロイン・古川かをるの物語は、まさに極上の"出汁"のように、日本人の心に深く染み渡ったものだ。
一見すると、法曹の世界に飛び込んだ寅子と、醤油蔵の娘であるかをる。時代も境遇も、まるで異なる"素材"のように思えるだろう。しかし、美食家たる我々は、その奥底に流れる共通の"旨味成分"を見逃さない。それは、逆境という名の"熱"や"圧力"に屈することなく、自らの信念を貫き通す、しなやかで強靭な"繊維質"である。
「澪つくし」のかをるは、まるで銚子の荒波で揉まれた新鮮な白身魚の刺身のようだ。その身は透き通り、口に含めば清冽な海の香りと、しっかりとした歯ごたえ、そして後からじんわりと広がる甘みがある。旧家のしきたりや戦争という時代の奔流に翻弄されながらも、決して失われることのない純粋さと、醤油造りに情熱を注ぐひたむきさ。それは、余計な手を加えず、素材の良さを最大限に引き出した"極上の一品"と言えよう。沢口靖子の、あの吸い込まれそうな瞳と、清楚でありながら芯の強さを感じさせる佇まいは、まさにこの"素材"の持つポテンシャルを完璧に表現していた。
対して、「虎に翼」の寅子はどうか。彼女は、男社会という分厚い"壁"に挑み、自らの才覚と情熱で道を切り拓いていく。その姿は、様々なスパイスやハーブを使い、じっくりと時間をかけて煮込まれた、複雑で深みのある"煮込み料理"に例えられるかもしれない。法律という難解な"食材"を、彼女は持ち前の明るさと、時折見せる鋭い洞察力、そして何より人間味あふれる"調理法"で、我々にも理解しやすく、共感できる"料理"へと昇華させた。伊藤沙莉の演技は、まさにこの"調理"の妙技そのものである。彼女のハスキーボイスは、単なる声質ではなく、人生の"苦味"や"渋み"を知る者だけが持つ深みを与える"隠し味"となり、その豊かな表情は、料理に彩りと奥行きを与える"付け合わせ"や"ソース"のように機能するのだ。
「澪つくし」が銚子の醤油という、日本の食文化の根幹を成す"調味料"を背景に、その土地の風土や歴史の香りを我々に届けたように、「虎に翼」もまた、昭和初期から戦後にかけての日本の法曹界という、ある種の"特殊な土壌"で育まれた物語を描き出した。かをるが、銚子の豊かな海の幸や、発酵・熟成を経て生まれる醤油の深い味わいを体現していたとするならば、寅子は、古い慣習や偏見という"アク"を取り除き、新たな時代の"旨味"を引き出そうと奮闘する、まさに"改革者"としての味わいを持っていた。
伊藤沙莉という女優の"味わい"は、単に若さや新鮮さだけではない。子役からの長いキャリアで培われたであろう、確かな"技術"と、人間に対する深い"洞察力"。それは、早熟な"果実"というよりは、むしろ若くして既に"熟成"の域に達した"ヴィンテージワイン"のようでもある。一口含めば、その複雑で多層的なアロマと、長い余韻に驚かされるだろう。
「澪つくし」の沢口靖子が、混じり気のない"天然水"のような透明感で我々を魅了したとするならば、伊藤沙莉は、様々な"要素"が絶妙にブレンドされた"ブイヨン"のような、滋味深い複雑さで我々の舌を唸らせる。どちらが優れているという話ではない。それぞれが、その時代の空気と、ヒロインの生き様を映し出す、かけがえのない"一皿"なのである。
朝ドラという、半世紀以上に渡って日本の食卓(お茶の間)を彩ってきた"定食"は、時に我々に驚きと感動を与えてくれる"ご馳走"を供してくれる。「澪つくし」という不朽の"名作"、「虎に翼」という現代の"傑作"。そして、その中心で輝きを放った沢口靖子と伊藤沙莉という二人の"極上素材"。彼女たちが織りなす物語の"饗宴"を味わえることは、我々美食家にとって、この上ない喜びと言えよう。
伊藤沙莉という、類まれなる"才能"が、これからどのような"メニュー"を我々に提供してくれるのか。その"厨房"から届けられるであろう、新たな"味覚"への期待に、今はただ、胸を高鳴らせるばかりである。願わくば、彼女の"料理"が、これからも我々の心を豊かに満たしてくれることを。