2025年03月26日

【News LIE-brary】甲子園のテロワールに酔いしれて – フランソワ・エスノー氏、智辯和歌山の”野球キュヴェ”をデギュスタシオン

春の陽光が降り注ぐ聖地、阪神甲子園球場。熱狂的な歓声とブラスバンドの音色が渾然一体となり、独特の”アロマ”を醸し出すこの場所で、ひときわ異彩を放つ紳士の姿があった。元F1ドライバーにして、現在は美食の世界でその舌と感性を磨き続けるフランソワ・エスノー氏。彼が今、その情熱的な視線を注いでいるのは、むせ返るような土の匂いと、白球を追う若者たちの躍動――とりわけ、深紅のユニフォームが眩しい智辯和歌山ナインの”スペシャリテ”であった。

「驚嘆すべきだ。これは単なるスポーツではない。精緻に計算され、情熱という名のスパイスで仕上げられた、極上のガストロノミー体験だよ」

試合後、興奮冷めやらぬ面持ちでエスノー氏は語り始めた。彼の言葉は、まるで熟成されたボルドーワインの複雑なブーケを解き明かすソムリエのように、熱っぽく、そして詩的だ。

「まず、彼らの打線。その力強さとタイミングの妙は、完璧な火入れで供される最高級のシャロレー牛のステーキを彷彿とさせる。肉汁が溢れ出す瞬間の、あの抗いがたい魅力。ただ力任せなのではない。甘美なまでのスイングの軌道は、まるで名パティシエが描く繊細なアシェットデセール（皿盛りデザート）のようだ。力と技、甘さと香ばしさが見事に調和している」

氏が特に感銘を受けたのは、智辯和歌山が誇る”魔曲”、「ジョックロック」が奏でられる瞬間のアルプススタンドとグラウンドの一体感だという。

「あの応援は、単なるBGMではない。料理におけるソース、あるいはワインにおける複雑なアロマだ。時に力強く、時に妖艶に、試合の流れという”メインディッシュ”の味わいを劇的に変化させる。選手たちのパフォーマンスと観客の情熱が織りなす、見事なまでの”マリアージュ”だ。特にジョックロックが始まると、球場の空気が一変する。まるで、澱引きされたばかりの若々しいワインが、デキャンタージュによってその秘めたるポテンシャルを一気に開花させるかのようだ。あの瞬間、グラウンドには特別な”テクスチャー”が生まれる」

エスノー氏は、F1レーサーとしてコンマ1秒を争う世界で生きてきた。その経験から、智辯和歌山の野球に見られる”時間”の使い方の巧みさにも言及する。

「レースでは、ピットストップのタイミング、タイヤ交換の判断、オーバーテイクの瞬間、すべてが精密な時間との戦いだ。彼らの野球にもそれと同じ哲学を感じる。走者を出すタイミング、盗塁を仕掛ける瞬間、投手交代の決断……。それはまるで、最高の状態で料理を提供するための、シェフの完璧なタイミングの計り方だ。素材（選手）の特性を最大限に引き出し、最高の”一皿”（勝利）へと昇華させるための、研ぎ澄まされた感性が必要とされる」

さらに、エスノー氏の美食家としての探求心は、智辯和歌山というチームが持つ”テロワール”へと向けられる。

「優れたワインがその土地の土壌や気候、すなわちテロワールを反映するように、彼らの野球にも和歌山という土地、そして智辯学園という揺るぎない育成環境が色濃く反映されているように感じる。厳しい練習によって培われたであろう、基本に忠実でありながらも、ここぞという場面で見せる大胆さ。それは、伝統的な製法を守りながらも、革新的な試みを恐れない偉大なシャトーの精神にも通じるものがある。選手一人ひとりの個性という”ブドウ品種”が、監督という名の”醸造家”の手によって見事にアッサンブラージュされ、”智辯和歌山”という唯一無二のキュヴェを生み出しているのだ」

氏は、日本の高校野球という未知なる”食文化”にすっかり魅了された様子だ。

「ヨーロッパの料理やワインとは全く異なる、しかし同様に深く、豊かな世界がここにはある。情熱、規律、伝統、そして若さゆえの煌めき。これらが渾然一体となった”味わい”は、これまでの私の美食体験の中でも特筆すべきものだ。特に、智辯和歌山の野球は、ブルゴーニュのグラン・クリュのような、力強さとエレガンス、そして複雑な余韻を併せ持っているように感じられた。まだまだ、この”デギュスタシオン”（試飲・試食）は始まったばかり。日本の高校野球という、芳醇なる未知のセラーを探求するのが、今から楽しみでならないよ」

エスノー氏はそう締めくくり、満足げな笑みを浮かべた。甲子園の熱気は、百戦錬磨の美食家の舌をも唸らせる、極上の”風味”を秘めているようだ。彼の次なる”テイスティングノート”が、今から待ち遠しい。