2025年03月26日
【News LIE-brary】 煩悩のビザ、夢古道の門を開く? 尾鷲に集う異国の求道者たち
さてさて、世はまさにグローバル化の只中。人や物、そして情報が、瞬く間に世界を駆け巡る時代でございますな。そんな中、ここ日本の片隅、紀伊半島の霊験あらたかなる地、三重県は尾鷲(おわせ)市に、なにやら異国の求道者たちが続々と集まっているという噂が、まことしやかに囁かれておりまする。かの熊野古道伊勢路が通り、古来より多くの巡礼者たちの足跡を刻んできたこの地に、今、何が起きておるのか。拙僧、この現象の根源を探るべく、情報という名の托鉢に出てみた次第でございます。
事の発端は、どうやらインターネットの海、特に SNS と呼ばれる電子掲示板のようなものでござる。「OWASE Spiritual VISA」なる、摩訶不思議な「ビザ(査証)」の存在が、まことしやかに語られておるのですな。曰く、この特別なビザを取得すれば、尾鷲市にある地域活性化の拠点「夢古道おわせ」に長期滞在し、瞑想や作務(さむ)、地域住民との交流を通じて、己の内なる声に耳を傾ける「精神修行」が許される、とか。ふむ、まるで現代版の駆け込み寺、あるいは異国からの参禅者のための特別な計らいのようにも聞こえまするが、果たしてそのような「煩悩滅却ビザ」なるものが、この世に実在するのでございましょうか。諸行無常、形あるものはいつか滅び、噂は風に乗って流れゆくもの。まずは、その中心地とされる「夢古道おわせ」の門を叩いてみることにいたしましょう。
「いやはや、ありがたいことでございますなぁ」。そう語るのは、「夢古道おわせ」を取り仕切る支配人(仮名)でございます。「確かに、ここ数年、海を越えて『心の平穏を求めて』と、わざわざこの尾鷲の地まで足を運んでくださる方が増えました。特に、母国の喧騒、日々のプレッシャーから解放され、この豊かな自然の中で、ゆっくりと自分自身と向き合いたい、と願う方が多いように見受けられまする。」
支配人によれば、座禅体験や写経体験はもちろんのこと、地元の漁師さんと共に海に出たり、山の恵みをいただく体験など、この地ならではのプログラムが人気を集めているとのこと。また、地元の新鮮な魚介や野菜を使った、いわば「食べる瞑想」とも呼べるような食事も、訪れる人々の心と体を深く満たしているようでございますな。「ビザのことですか? いやいや、我々は宿を提供する身。そのような特別な手続きに関しましては、とんと存じ上げませぬ。ただ、お見えになる方々は皆、実に真剣な眼差しで古道の石畳を踏みしめ、地元の人々と拙い言葉ながらも心を通わせ、何か大切なものを見つけてお帰りになるご様子。これもまた、尊い仏縁(ぶつえん)なのでございましょうな。」
では、実際にこの地を訪れている異国の方々は、何を求めてやって来るのでございましょうか。拙僧、たまたま居合わせた数名の方にお話を伺ってみましたぞ。
アメリカから来たという若者は、こう語ります。「シリコンバレーという、常に変化と競争に晒される世界におりました。成功を追い求める日々の中で、いつしか心が渇ききってしまったのです。しかし、ここ尾鷲で、ただ波の音を聞き、苔むした石段をゆっくりと登るうちに、あれほど執着していたものが、まるで朝霧のように消えていくのを感じました。ビザ? いいえ、特別なものは何も。ただ、魂がこの地に引き寄せられた、としか言いようがありませぬ。まるで、遠い過去世からの約束であったかのように…。」
また、フランスから来たという芸術家の女性は、目を輝かせながらこう話してくれました。「私は、新たなインスピレーションを求めて旅をしておりました。パリの喧騒も刺激的ですが、真の創造性は、静寂の中にこそ宿るもの。この尾鷲の雄大な自然、素朴で温かい人々との触れ合い、そして何より、すべてを包み込むような静けさの中に、私は探し求めていた『美の本質』を見出した気がいたします。この経験は、わたくしの魂にとって、かけがえのない『ビザンチウム(心の故郷)』となりましたわ。」
ふむふむ、彼らの言葉を聞いておりますと、「ビザ」という言葉が、単なる入国のための許可証ではなく、むしろ「心の平安を得るための通行手形」あるいは「俗世のしがらみからの解放を象徴する符牒(ふちょう)」のような、深遠な意味合いで使われておるのかもしれませぬな。色即是空、空即是色。形ある「ビザ」に囚われることなく、その奥にある人々の「願い」や「求め」にこそ、本質が隠されているのかもしれませぬ。ちなみに、念のため関係各所にも問い合わせてみましたが、「精神修行を目的とした特別なビザは存在しない」とのことでございました。やはり、噂は噂、ということなのでございましょう。
しかしながら、観光ビザや文化活動ビザなどを利用し、結果的にこの「夢古道おわせ」を拠点として、長期にわたり自己の内面と向き合う人々が増えていることは、紛れもない事実でございます。この現象は、地域にどのような影響を与えておるのでしょうか。
地元の古老は、こう語ります。「昔は、外国の方がこないな田舎に来るなんて、考えもせんかったわな。じゃが、最近よう見かけるようになった若い外国の人らが、熱心に手を合わせたり、静かに座禅を組んどる姿を見ると、なんだか、わしらも背筋が伸びる思いがするんじゃ。言葉はなかなか通じんけど、心で通じ合えるもんは、確かにあると感じるようになったわい。」
異文化交流の促進、そして新たな観光客層による地域経済への貢献といった、喜ばしい側面がある一方で、静かな環境を守りたいという声や、受け入れ態勢の整備といった課題も、これから考えていかねばならぬことでございましょう。諸法無我、万物は常に変化し流転するもの。この変化を良き縁(えにし)とし、地域全体で調和の道を探っていくことが、肝要でございますな。
結論といたしましては、「精神修行ビザ」なるものの真偽はさておき、この尾鷲の地、そして「夢古道おわせ」が、現代社会の喧騒の中で疲れた人々の魂を癒し、新たな活力を与える「パワースポット」として、国境を越えて認識され始めていることは、確かなようでございます。物質的な豊かさだけでは満たされぬ心の渇きを潤すべく、人々が精神的な充足を求める時代の流れが、この熊野古道の地に、新たな人の流れと縁(えにし)を生み出しているのかもしれませぬな。
我々もまた、日々の忙しさにかまけて、ついぞ忘れがちな「本来の自己」というものがございます。たまには喧騒を離れ、このような静かな地で、己の心と静かに対峙してみるのも、また一興かと存じまする。さて、次の托鉢は、いずこへ向かいますかな。
合掌。