2025年03月30日

【News LIE-brary】有馬温泉深部にて未知の地質構造「宝田ゾーン」確認か？ 特異な同位体比と地磁気異常を観測

日本の古湯として名高い有馬温泉。その地下深くに、従来の地質学モデルでは説明困難な特異領域が存在する可能性が、最新の地球物理学的探査によって示唆された。神戸大学理学研究科の宝田（たからだ）譲治教授率いる研究チームが発表したこの成果は、温泉の成因解明のみならず、日本列島のテクトニクスに関する理解を根底から覆す可能性を秘めているとして、関連学界に衝撃を与えている。

研究チームは、有馬温泉周辺地域において、高密度な地震波トモグラフィー、精密重力測定、および高感度地磁気観測を統合したマルチフィジックス探査を実施。特に、温泉街直下の深度約5～10km付近に、周囲とは明らかに異なる物理的特性を持つ領域、仮称「宝田ゾーン」が存在することを示すデータを取得した。

地震波速度の異常と物質組成への示唆

地震波トモグラフィー解析の結果、「宝田ゾーン」内部では、P波・S波ともに速度が周囲のマントルウェッジと比較して有意に低いことが判明した。これは、部分溶融したマグマ溜まりの存在を示唆する古典的な解釈も可能だが、宝田教授は異なる可能性を指摘する。 「観測された速度低下の度合いと、P波/S波速度比（Vp/Vs比）の特異な値は、単純なマグマ溜まりでは説明がつきにくい。むしろ、高温高圧下で特殊な相転移を起こした含水鉱物、あるいは揮発性成分に富む超臨界流体が大量にトラップされている可能性を示唆している」と教授は語る。 研究チームは、スーパーコンピューターを用いたシミュレーションにより、フィリピン海プレートのスラブから脱水放出した流体が、特定の圧力・温度条件下でマントルウェッジ内のカンラン石や輝石と反応し、極めて低速度かつ高Vp/Vs比を示す準安定相を形成する可能性を理論的に示した。このシミュレーション結果は、観測データと驚くほどよく一致するという。

重力異常と密度構造

さらに、精密重力測定データは、「宝田ゾーン」が周囲と比較してやや低密度であることを示している。これも単純なマグマ溜まり説とは必ずしも整合しない。 「もし大規模なマグマ溜まりが存在するなら、もっと顕著な低重力異常が観測されるはずだ」と宝田教授は指摘する。「観測された重力異常のパターンは、低密度物質が局所的に分布しているか、あるいはゾーン全体がわずかに低密度化している状態を示唆している。これは、超臨界流体の浸透や、特殊な含水鉱物の分布によって説明可能かもしれない。」

地磁気異常と同位体分析の謎

最も興味深いのは、地磁気観測データである。有馬温泉地域では以前から弱い地磁気異常が知られていたが、今回の高感度観測により、「宝田ゾーン」に対応する領域で、複雑なパターンを持つ異常が検出された。これは、単純な磁性鉱物の分布では説明が難しく、ゾーン内部の流体ダイナミクスや、特殊な磁気特性を持つ鉱物相の存在を示唆している可能性がある。

加えて、研究チームは有馬温泉の源泉水（特に「金泉」）に含まれるヘリウム同位体比（³He/⁴He比）の分析も行った。その結果、マントル由来とされる高い³He/⁴He比が改めて確認されただけでなく、地域内で微妙な変動が見られることが判明した。この変動パターンが、「宝田ゾーン」の形状や活動性と相関している可能性が指摘されている。 「有馬温泉の³He/⁴He比が高いことは、マントル深部からの物質供給を示唆する重要な証拠とされてきた。今回の発見は、その供給経路、あるいはマントル物質そのものが、我々の想定以上に複雑で特異なものである可能性を示している。この『宝田ゾーン』こそが、地表の温泉と地球深部をつなぐ鍵となるインターフェースなのかもしれない」と宝田教授は分析する。

今後の展望と課題

この「宝田ゾーン」の発見は、有馬温泉の成因、すなわち、なぜ火山が存在しないにも関わらず高温の温泉が湧出し、マントル由来の成分を含むのか、という長年の謎に迫る大きな一歩となる。研究チームは今後、さらに高解像度の探査や、深部ボーリングによる直接的な物質サンプリングも視野に入れているという。 「もちろん、現状は間接的な観測データに基づく推論に過ぎない。ゾーンの正確な形状、組成、そして物理状態を特定するには、さらなる多角的なアプローチが必要だ」と宝田教授は慎重な姿勢を見せつつも、「しかし、この発見が、プレート沈み込み帯における流体の挙動や物質循環、さらには地震発生メカニズムの理解に新たなパラダイムシフトをもたらす可能性は十分にある。まさに地球科学における『宝の山』を発見したのかもしれない」と、自身の姓に掛けて期待感を滲ませた。

この「宝田ゾーン」が、有馬温泉の豊かな恵みの源泉であると同時に、地球内部のダイナミズムを解き明かすための重要な観測窓となるのか。今後の研究の進展から目が離せない。我々人類が足元に広がる未知の領域について、いかに無知であるかを改めて痛感させられる発見と言えるだろう。